「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉はご存知でしょうか?これは大日本帝国海軍の軍人で、第26、27代連合艦隊司令長官を務めた山本五十六さんの言葉です。
実はこの言葉、新人を育成する上ではとても参考になる言葉。そしてCAの新人訓練もこの言葉の通りだったことに気づきました。今回はこの言葉になぞらえて私が新人訓練で大切にしてきたことをお伝えしますね!
約3ヶ月で現場デビューするCAの新人訓練とは
客室乗務員はサービスの顔とは別にもう一つの顔があります。「保安要員」の顔です。あまり知られていませんが客室乗務員の業務の大半は「安全業務」。高い安全意識のもと航空法で定められた業務を確実に行うことでお客様の安全を作りだしています。安全業務と緊急事態の対応を確実に行えないと新人は乗務できません。新人がひとり立ちするためには約3ヶ月徹底的に基本を叩き込むことをします。
約2ヶ月の地上訓練と約1ヶ月の現場でのOJT。この3ヶ月は「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」の繰り返しです。私は地上訓練を担当していました。ドリンクサービスのイメージくらいしかない新人に、人命がかかる業務を確実に実施できるレベルまで持っていくのは簡単ではありません。しかし、約3ヶ月後には、安全に関わる全ての業務を完璧に一人でできる状態に持っていくことをしていました。
訓練する側も大変ですが、訓練を受ける側も必死でした。私の新人訓練の記憶は、
「こんな経験、後にも先にもない。人生で一番厳しい経験。」
です。その後の客室の責任者の資格をとる訓練でも同じような経験をしたのですが。。。(訓練期間の長さもあり、やはり新人訓練が一番辛かった〜)なのでその時一緒だった同期の絆は深く退職後もずっと繋がっています。
そんなCAの中でも一番期間が長く厳しい新人訓練。この訓練をする側になり私はものすごくたくさんのことを得ることができました。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」になぞらえてどんなことをやってきたか、そしてそこから私が得た大切にしてきたことをお伝えしていきますね!
やってみせる
新人訓練の最初の段階。「やってみせ」の部分です。仕上がっている動きを見せるのですが、実はこれが難しい。
なぜかというと長年現場で仕事をしていると体が動きを覚え「感覚」で仕事をしています。現場では基本を抑えながら自分なりの効率良くできる方法を確立し、現場の中で確立している方法が文化となり、より生産性が上がる動きを無意識のうちにしています。そのまま新人に見せたところで、応用や効率を求めて仕上がった方法が混ざるため、必ず抑えなければいけない「基本」が伝わらないことになります。「基本」でさえ吸収するのに時間がかかるのに、応用まで入っていては新人もパニックになります。
私が新人訓練で「やってみせ」たのは、基本の動きだけに絞ったもの。動画を作成して何度も見せたり、時には目の前でデモンストレーションして見せたり。脱出スライドの操作の時には本物がなかったので段ボールで模型を作ってやってみせたこともあります。
ついつい色々やってみせたくなるのですがここはグッと我慢。混乱するのでとにかく基本以外を見せないようにしていました。
言ってきかせる
「言って聞かせる」には十分な時間をとっていました。座学形式の訓練です。やってみせたことについてなぜやるのか、やらないとどうなるのかをティーチングします。これもまた簡単ではありません。気を抜くと基本以外を教えてしまうのです。
とにかく教える側は何が基本で何が応用なのかを頭に叩き込む必要がありました。当たり前のように現場でやっていたことは実は応用ってことがよくあることに気付かされました。新人教官あるあるなんですが、「現場ではこうしているからこれが正解」だと思い込みそのまま教えてしまうこと。「それってマニュアルのどこに載ってる?」と聞くと実は載っていない。ということは応用編なのです。
ここで新人教官が悟ることはマニュアルを徹底的に頭に叩き込まないと教えられないということ。私も意気揚々と「今までやってきたことを教えたらいいんでしょ?」くらいに思って教官になり、この壁にぶち当たりうまく伝えられず不甲斐なさで帰りの車で涙していました。周りのベテラン教官の徹底的に基本だけを教えるスキルが凄すぎるのです。これは教える側になり初めて教官の凄さを感じます。(帰りの車で涙するのも教官あるある)
そして難しい理由はもう一つ。特に新卒の訓練生ですが、動きだけをなぞり、「なぜ」を置き去りにする傾向が大きいのです。与えられた問題に対して正解できればよしとする受動的な日本の教育では「自分で考える力」が育っておらず、疑問を感じることなくただマニュアルを覚え知識確認の試験に合格してしまいます。口頭確認や自分の言葉で説明させるなど色々工夫しました。しかし訓練生自身が本当にこのことに気づくのが次の段階「させてみせる」でした。
させてみせる
完成された動きを見て、知識を入れて、最後に「させてみせる」です。この段階ではまだ現場には出しません。客室乗務員にとって現場であるフライトは試すところではないからです。安全業務や緊急事態の対応が完璧にできるところまで持っていって初めて現場に足を踏み入れます。
ではどこでさせてみせるのかというと、モックアップという機内を模した教室です。実際の飛行機の座席が配備され壁や天井、ドアも飛行機そのものです。そのモックアップでさせてみせるのですが、私がここで大切にしていたことはできるだけ実際の現場に近づけた環境を作ることです。モックアップにも限界があります。例えば機内火災が起こった時機内は煙で充満します。水蒸気を発生させる装置で煙を再現するのですがなかなか機内では充満せず視界不良状態にはなりません。そこで私がしたのは、ホームセンターで洗濯機の排水ホースを買ってきて煙発生装置に取り付け、上から密度が濃い水蒸気を撒くようにしてみました。すると数秒で視界は真っ白に。煙は上から下に流れるので立った状態だと視界がなくなり有毒ガスを吸ってしまいます。この状況を作り出すことでただマニュアルで覚えた言葉ではなく、「姿勢を低くする」ことの大切さを知り、本質的な行動につなげることができるのです。
ほめてやる
「ほめて育てる」をよく聞きますが、ここでいう「ほめる」とはいろんな捉え方があります。私はたくさん「ほめる」で失敗してきました。ただできたことに対して、「がんばったね!すごい!」だけでは効果がないどころか逆に不信感を抱かせることにもなりかねません。「ほめる」について色々試行錯誤してきた私の中での定義は「できるようになった過程とできたことを認める」です。「すごいね!がんばったね!」ではなく「〇〇してたから△△できてるね!」です。この〇〇と△△は簡単に見つけられるものではありません。常日頃、頑張って取り組んでいることや本人なりに工夫したことに気づくためには興味を持って見ていないといけません。私自身完璧にこれができていたかというと、自信を持ってイエスとは言えません。。。ですが、ほめるためにはその根拠を伝えることを大切にしていました。ただ「頑張ってるね!」よりも、「頑張っている具体的な行動を知っているよ」の方が「見ていてくれたんだ!」と思い嬉しくなりますよね。
まとめ
今回は私が新人訓練で大切にしてきたことをお伝えしました。まとめると
- 基本の動きだけをみせる
- 自分自身が基本を叩き込む
- 現場に近づけた環境でさせてみる
- 根拠とセットでほめる
新人の訓練は1回で終わらずこの繰り返しでした。そして訓練生にも合格したからOKではなく、常に学ぶことを伝えていました。約2ヶ月かけて全ての業務においてのこのサイクルを行い全ての審査に合格したら、今度は約1ヶ月の実際のフライトでの訓練に進みます。
全ての訓練が終了し晴れて現場デビューしたら、今度は現場で応用や形成された文化を学びます。その時は現場の先輩全員で育成することになります。新人を放ったらかすのではなく、現場でしか経験できないことで「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」を実践します。
CAの新人育成は、決められた訓練期間だけではなく現場においても続きます。しっかり新人を育成するためには教える側も学び、時間を掛ける必要があります。特に初期の段階ではより教えるためのスキルが必要です。土台を整え、現場に育成をバトンタッチする仕組みが整うと新人にとっても安心感があり、現場にとってもあとは応用なのでそこまで負担には感じません。
全員で新人の育成をすることで育成する側もまた成長しリーダーへの意識が芽生えてきます。こうして常に成長し続ける活気がある雰囲気が形成され先輩や上司のマインドを後輩が受け継ぎます。
ということは、もし後輩が育っていないと感じたらあなた自身やチームの成長が止まっているのかも!?だって後輩はその背中を追って真似してるだけだから・・・